みんなのBento

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(ドラマ批評)『イカゲーム』における「おねしょ」の神秘―― VIPよりもVIPな視聴者の仕事

執筆者:リヴァー刺

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ネタバレ注意!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数字の意味は、確かに気になる。イルナムという名前に韓国語の1である「イル」が入っているとか、サンウの218は韓国語で「イーッシバル」という悪口であるとか。

 

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だけど、もしかすると、数字そのものの意味よりも、数字の交換に意味があるのかもしれない。数字の交換は、具体的には、ジャージの交換とゼッケンの交換を通して描かれていた。この2つは数字の最初と最後の交換である点では同じなのだが、決定的な違いがある。

 

まず、ジャージの交換から見ていこう。

 

 

 

イカゲーム』第5話のラストで、番号001の名札をつけた老人はおねしょする。

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イカゲーム』第6話


続く第6話の冒頭で、番号456の主人公は、自分の上着を脱ぎ、老人の濡れた下半身を隠してやる。

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イカゲーム』第6話

 

その後すぐ、同じ第6話で、今度は老人がゲームに参加するためのペアを作れずにいる主人公を見かねて、「上着がないと信頼されない」と言って脱いだ上着を主人公に渡す。

 

 

 

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イカゲーム』第6話

 

 

 

ジャージについたナンバーの差がもっとも大きい(ゲームの参加者は456名)プレイヤー間で上着が入れ替わることを通して描かれる公平な取引は、「メンコ遊び」「だるまさんが転んだ」「綱引き」などの子供の遊びでめざされていた「ゲームの公平性」とは少し次元が違うようである。

 

なぜなら、ゲームではそのまま生死を意味する勝敗が決まるのに対し、このジャージの交換はそうしたゲームのルールとは無縁であり、お互いに対価を期待することのない交換だからだ。

 

おねしょという本人のコントロールを超えたアクシデント。起きると股間が濡れている。それに対する他者の咄嗟の反応。001と456のあいだで行われるおねしょをきっかけとした取引は、ゲームの主催者という第3者によってジャッジされることのない特別なものだ。ここに『イカゲーム』のほんとうの公平が描かれていたのではないか。

 

おねしょをきっかけとして老人と主人公のあいだで行われる001と456の上着交換は、第7話で主人公と096の間で行われる01と16のゼッケン交換と対照的に描かれているように思われる。

 

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イカゲーム』第7話

 

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イカゲーム』第7話

 

このゼッケン交換の一部始終は、VIPにとってゲームの余興として鑑賞されている。また、096の男が主人公に番号を「交換してくれませんか」と言うことができたのは、VIPが「ゼッケンの番号は次のゲームのプレイ順を意味している」というヒントを与えろと指示を出したためであった。

 

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イカゲーム』第7話

 

老人のおねしょというアクシデントを通じて行われたジャージの交換は、このゼッケンの交換のように、VIP(観客)に監視され、公の場に晒された取引とは決定的に異なる。おねしょという隠さなければいけない事件に重ねられた、老人と主人公の秘密のプライヴェートな交換は、2人だけの関係で起きている交渉であり、ゲームのプレイヤーもVIPも運営も誰も気づかない。

 

あるVIPが口にする069(シックスナイン)のくそつまらない下ネタは、露骨にステレオタイプ的なアメリカンジョークをねじこんだ奇妙なシーンを作り上げる演出ともとれるかもしれない。だが、それ以上に、このくだらないジョークはVIPが数字に注目してゲームを追っているにもかかわらず、456が001のジャージを着ていることに気づかないことのおかしさを強調する役割があるのではないか。こう考えると、くそ下ネタも意外と大事なシーンのように思えてくる。

 

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イカゲーム』第7話

 

老人と主人公のあいだで起きたジャージの交換は、この作品でプレイヤーも観客も運営も気づくことのできない隠された公平さであった。意外なことに、それはゲームの最中ではなく、ゲームの外で達成されていた。

 

老人がおしっこを漏らし、その後、ジャージが交換されたことは作品の中で誰にもバレていない。この出来事を目撃しているのは、ネットフリックスにお金を払っている視聴者だけだ。この意味で、視聴者はVIP以上にこのゲームのVIPなのだ。であれば真のVIPである視聴者の仕事は、001と456のあいだに起きた特別な交換について考えるという贅沢を味わうことであろう。誰が優勝するかで賭けを行うVIPのような鑑賞者が見逃してしまうような、プライスレスな経験を味わうことに、視聴者の仕事があるのかもしれない。