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【考察】エロス・イン・BLEACH!――涅マユリ「被造死神計画」大考察(前編)「涅マユリ ネム 治し方」を真剣に考える

f:id:minnano_bento:20210927021113p:plain執筆者:ぴんくぱんだちゃん

(前編)「涅マユリ ネム 治し方」を真剣に考える

後編はこちら

minnano-bento.hatenablog.com

はじめに

2021年に20周年を迎えた漫画BLEACHは、同年8月10日に、「読み切り」と予告されていたはずの新作が、新しいシリーズのスタートを示唆するものであったことから、再びインターネット上を賑わせている。数年ぶりにBLEACHに触れたことで、同作品を再読したり、これを機に新たに読み始めたりする人も多いだろう。筆者(ぴんくぱんだちゃん)は2000年代に思春期を過ごしているので、ガッツリBLEACH世代だ。同世代のジャンプ読者は、BLEACHに多様な性癖を形成された、という向きも多いだろう(夜一さんとかジジ×バンビとか)。

 

BLEACHの大ファンであると公言している『呪術廻戦』の作者、芥見下々は、BLEACHのキャラクターのなかでも、涅マユリ(くろつち まゆり)が一番好きなんだそうだ(『呪術廻戦』公式ファンブックより)。私もマユリが一番好き!!!! 芥見下々がマユリ好きと知ってから、永遠に続くのかと思われた渋谷事変の長さも我慢できるようになった。マユリ様好きのやることなら信用できる。それくらい筆者はマユリが好きだ。

 

というわけで本記事では、護廷十三隊・十二番隊隊長兼技術開発局二代目局長「涅マユリ」というキャラクターを、彼の野望である「被造死神計画」を中心に考察する。そう、ネムを作り出したあの計画である。基本的に王道ジャンプらしい漫画であるBLEACHにおいて、奇天烈な見た目をしながら「鬼畜」とされる所業を繰り返す、エログロ担当のマユリが、何故味方サイドの主要キャラクターとしてあれ程までに登場するのか、不思議に思う読者も多いだろう。本記事では、マユリの卓越したキャラクタライゼーションと、彼の「エロ」の部分が、「BLEACHジェンダーセクシュアリティ表象が保守的」等の意見に一石を投じる可能性があることを明らかにしたい。

 

ネタバレについて

本記事には、マユリが登場するエピソードについてはネタバレを含むが、マユリに特化しているため、本編についてはネタバレの心配はあまりない。この記事は、本編未読の読者に(そもそもこの記事にアクセスしていない気がするが)、マユリが主人公クラスのキャラクターであると誤解を与えてしまう恐れがあるので断っておくが、マユリは重要キャラであるとはいえ、本編全体から見れば「ゲテモノ・キワモノ」キャラに過ぎない。この記事を読んでもBLEACHという壮大な作品の全貌や、張り巡らされた伏線の理解には何の役にも立たないが、脇役キャラにさえこのような複雑な設定がなされていることで、BLEACHという作品の奥深さやキャラクタライゼーションの巧みさの片鱗をうかがうことは可能だろう。

 

涅マユリとは? 

f:id:minnano_bento:20210927021812p:plain©久保帯人, 集英社BLEACH 35巻表紙

護廷十三隊の十二番隊隊長と技術開発局二代目局長を兼任している死神。科学技術に長け、周到な準備のもと戦いに臨むため戦闘力も全隊長のなかでもAランクくらいだろう(Sランクは総隊長・藍染・京楽・浦原あたりか)。上記の写真のように素顔の見えない外見をしており、「~だネ」「~だヨ」という特徴的な語尾を用いて話す。副隊長は、マユリの「娘」だという涅ネム(正式名称は眠七號(ねむりななごう))。

 

マユリはソウル・ソサイエティ編・アランカル編・千年血戦編で大きな見せ場を持っており、特に最終章千年血戦編では、クインシー相手に有利に戦った数少ない隊長の一人である。また、彼は章ごとにイメチェンされて再登場するため、キャラクターデザインへの手の込みようや、重要なセリフを数多く与えられていることから、マユリは作者久保帯人の「お気に入り」としてファンには広く認識されている。先月発表された読み切りにもマユリはかなりの紙面を割かれるていることから、作者がマユリを重要なキャラクターとして位置づけていることは明らかである。

 

「涅マユリ ネム 治し方」を真剣に考える

涅マユリに関して読者からの関心を最も集めるのは、ザエルアポロ戦で負傷し、老いて皺だらけになった副隊長のネムをマユリがどのように治したのかという謎である。Googleで「涅マユリ」と入力すれば、検索エンジンには「涅マユリ ネム 治し方」と出てくる。『BLEACH』全話中でもっともエロい第306話“Not Perfect is GOod”(コミックス35巻収録;原文ママ)において、負傷したネムをマユリが「映せない」とされる治療を施した場面について、多くの読者が描かれなかった治療法が何だったのか検索しているのだ(筆者も検索した)。

 

 

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©久保帯人 集英社BLEACH』35巻, 16-17ページ

そもそも、おそらく性的であるがゆえに「映せない」治療の前場面、ネムがザエルアポロによって負傷する場面も多分に性的である。ネムの体内に侵入したザエルアポロによって、彼女は懐妊させられる。

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 ©久保帯人 集英社BLEACH』34巻, 190ページ

ザエルアポロの触手に絡めとられ宙づりにされていたネムが、その触手に孕まされるというのは、R-18漫画でいう、いわゆる「触手モノ」に該当する。ちなみに、ネムが命を落とすペルニダ戦でも、ペルニダという手の形をした異形の敵が触手のようなものを出し、彼女はそれに分解され命を落とす。つまり著者は、ネムの最期には、触手に加えてリョナ的なフェティシズムをも付与している。石田雨竜との戦闘からも明らかであるように、ネムはマユリとサドマゾ的な主従関係でも繋がっている。基本的には王道ジャンプ漫画であるはずのBLEACHにおいてマユリとネムの組み合わせが描かれるとき、エロティシズムを付与するキャラクターとしてどうやら作家に意識されているらしい。

 

ロマンティックな寓話をあざ笑うマユリ/久保帯人

では、石田雨竜に「映せないこと」と言わしめたマユリの治療とは、いったい何だったのだろう。これを問う動機はもちろん、純粋なエロ心ではあるのだが、この治療法はおそらくマユリの「被造死神計画」の全貌を明らかにするうえで大いに重要な手がかりになるはずなのでまじめに考察していきたい。

 

「治療」の内容を詳しく検証する前に、この「回復」場面がそもそも何を意味するのかを明らかにしたい。マユリとネムが作中でエロティックな主従関係を結んでいることから、彼らを一組の異性愛カップルとみることも可能だが(実際マユネムカップリングは浦マユに次いで人気である)、するとこの場面は、途端に私たちに馴染み深い寓話とオーバーラップする。そう、「眠り姫」や「白雪姫」などの「敵の攻撃(毒)により仮死状態となったヒロインを、ヒーローがキスによって目覚めさせる」という筋書きをもつロマンティックな寓話である。しかし、治療場面の2コマに描かれるマユリの「治療」中、ネムが喘ぎ声をあげていたり、性器挿入の典型的な効果音(「ボジュッ」「ジュブッ」「チュプッ」)が描かれていたりすることから、マユリの「治療」は、気絶したヒロインをキスで目覚めさせるという、「眠り姫」的ロマンティックな「回復」の寓話への痛快なパロディとなっている。

 

というのも、「眠り姫」、「白雪姫」いずれの寓話も、グリムやペローのオリジナル版では、眠っている最中に王子がヒロインを妊娠させ、胎児が育ってきたことでヒロインは目が覚める。つまり、中世(グリムは初期近代)に書かれたオリジナル版は、睡姦による妊娠という、男性の暴力性と妊娠のグロテスクさを仄めかす物語であったが、近代以降、異性愛の恋愛・結婚・出産を一直線に結び制度化するイデオロギー(ロマンティック・ラブ・イデオロギー)の誕生に伴い、これらの寓話も改変され続けた(終着点はもちろんディズニー映画である)。つまるところ、我々がよく知る「姫は王子のキスによって目覚め、二人は結ばれ、末永く幸せに暮らしましたとさ」という筋書きは、異性愛の結婚・出産の規範化するために、「童話」として恣意的に書き換えられたものなのである。

 

ネムの本名が「眠七號」(ねむりななごう)であることを思い出せば、おそらく意図的に、ネムに「眠り姫」のイメージが重ねられているのだろう。しかも、久保帯人が用いた「眠り姫」のイメージは、近代以降ロマンティックに脚色された(現在流布している)「眠り姫」のプロットではなく、グロテスクなオリジナル版のほうである。「眠り姫」をめぐる作家の創造/想像力は、この場面を異性愛ロマンス的な物語へのアンチテーゼとして機能させる。BLEACHという作品自体は、男性主人公・黒崎一護の結婚・再生産でもって完結を迎えることから、典型的な異性愛男性主人公のビルドゥングス・ロマンとして分類されうる。本作品には、一護と織姫(ここにも寓話からの借用が!)の異性愛カップル以外にも、ルキア×恋次、ギン×乱菊日番谷×雛森など、主要登場人物の恋愛関係がしばしば描かれる。このような作品において、異性愛ロマンスをあざ笑うかのような役割を与えられた涅マユリ・ネムは、BLEACHジェンダーセクシュアリティ観において、特筆すべき存在である。

 

どうやって治したの?

マユリの「治療」に話を戻そう。「優しいキス」でないならば、マユリはどうやってネムを治し/起こしたのだろうか?Yahoo知恵袋にも「マユリはネムと〈治療〉中に性交しているのか」という質問がいくつか投げられているように、あまりにエロティックな描写を受けて、みんな要するに、「マユリはネムとヤッたのか」が気になるわけである。私も気になる。石田の「映せないこと」を文字通り受け取れば、少年誌に載せられない性表象の基準は、性器の露出や性器的結合の有無である(余談だが、この制限がかかることによって、間接的な性表象や「寸止め」的な描写をジャンプ作家が描くことにより、逆説的に性器的接触よりも「エロい」表現が生まれているように思う。最近でいえば『チェーンソーマン』のマキマとデンジの絡みなどはその好例である)。

 

そこで、ネムの治療シーンには、何らかの性器的な描写があると仮定するが、マユリが自身の性器を直接的に挿入しているか、といえば否であると思う。というのも、マユリの着衣は乱れていないし、ここでマユリが腰を振るというのは、彼の性質上考えにくいだろう。そこで思い出したいのが、マユリは「被造死神計画」つまり人間界で言えばアンドロイド製造を最大の目標に掲げる科学者だということである。被造死神(≒アンドロイド)製造とは、人工的に新しい生命体を生み出すこと、つまり、性器の結合ではない形で生殖・再生産することとも換言できる(詳細は後編にて)。

 

だからこそ、「治療」のためにネムにマユリが自身の性器を直接挿入して、性行為まがいのことをするとは考えにくい。しかも、彼は自分の体に多数の改造(腕・耳が改造され、身体には夥しい数の縫い目がある)を施しているし趣味は「人体実験」だ。両耳を切り落としスピーカー仕様に改造し、腕はもげても注射により再生可能、そして皮膚には白塗りを施している彼が、生殖器だけ未改造なままである可能性は極めて低いし、自分の精液を出すためにヘコヘコと腰を振るわけがないだろう。マユリ様は精液の注射液くらい持っているに決まっている。

 

したがって、異性愛ロマンス寓話の強烈なパロディであるマユリの「治療」において、彼はネムの性器に、男性器以外の何かを挿入しているとみて間違いなく、何らかの治療薬を性器に挿入しているとみるのが最も蓋然性が高いだろう。では、治療薬とは何だろう。結論から言えば、精液か、その成分を注入しているのだろう。しかしここで根本的な疑問が生じる。老いる形で一度は死んでしまったネムは、なぜマユリの精液(的なもの)で生き返ることができるのか?その答えには、先にも述べた通り、ネムはマユリの「被造死神」の技術、つまり、性器結合による生殖ではない方法で生まれたことが関係している。この謎を解くには、マユリの「被造死神計画」を紐解く必要がある。

 

(続きは後編にあるヨ!マユリ&ネムの巻頭詩の謎に迫るヨ!)

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